ボクシングのコーチは元A級プロボクサーで、ジムの会員のなかでも

ボクシングのコーチは元A級プロボクサーで、ジムの会員のなかでも特に上手い人とスパーリングをやっているのを見たことがあるが、当たり前だけど、コーチのほうが圧倒的に上手いというか、強い。この、圧倒的にというのが重要で、ナガミネさんだってかなり強いはずなのに、まるで相手になっていない。

とはいえコーチは、背丈は高くなく、気の弱そうな、どちらかというとぼんやりした顔つきなので、服を着て、胸の厚さ、腕の太さが見えなくなると(筋トレで、筋肉が肥大化している)、決して強くは見えない。電車や繁華街で、酔っ払いにからまれたことはないかと訊いたことがあったけれど、どういう返事だったか、忘れてしまった。

私は、そもそも運動神経が悪いのでぜんぜん強くないし、タカハシさんも体が大きいだけで、パンチのフォームすらままならないのだが、二人で歩いているところに、向こうから酔っ払った若い連中が三、四人、わちゃわちゃと歩いてきて、すれ違ったずいぶんあとで、タカハシさんが、「いまのあいつら(と喧嘩になったら)、勝てるかな」と切り出して、「一人目のあいつをああして、二人目をこうして、三人目はきっと逃げ出すから、勝てる」とか適当なシミュレーションを話すのだが、実のところ、路上で殴り合いなんてやったことがない。

十年以上前に短命に終わってしまった、昭文社の『Prost!』という雑誌の創刊号に、マーク・パンサーのインタビュー記事があって、ときどき読み返すのだけれど、でたらめみたいにおもしろい。マーク・パンサー小室哲哉を乗せてジャガーを運転していると、信号待ちになって、横断歩道を渡る女の子を、小室哲哉が指差して、「あの子が一年後に東京ドームのステージに立っているところまでをシミュレートしてみろ」と言う話が特に好きで、何がおもしろいのかわからないけど、おもしろい。というか、会社とかで、黙って話を聞いていたら、いつの間にかこれと同じような話になっていて、「この人、一年後の東京ドームの話をしていたのか」と、笑ってしまうようなことがある。自覚のない名ゼリフ。

何年か前に、「暴力は嫌い、負けるから」というセリフを考えたのだけれど、これは、「ブタの歯医者さん、ハミルトン」と同じくらい、自分でもなかなか気に入っていて、負けるから暴力は嫌いだというと、「勝てるなら嫌いじゃないのか(あるいは、好きなのか)」という人がいるのだが、それは間違いというか、議論のための議論でしかなくて、もしその人が、勝てるなら暴力は好きだと思っているのなら、「勝てるなら暴力は好き」というべきである。というか、言うはずである。「暴力は嫌い、負けるから」と言っているのだから、彼/彼女は、暴力は嫌いで、負けるのである。勝つ選択肢を与えて、好きか嫌いかを訊く必要はない。